こんなもんかな、と両腕に下げたコンビニの袋を見下ろした。
ひとつ、ふたつ…みっつ、いやもっとあるな、コンビニチェーンのロゴが重なったりそうてなかったり。
袋の大きさはコンビニにしては若干大きい。しかしどの袋も中身は同じだった。
冬になるとどこのコンビニもこぞって新作チョコレートに力を入れる気がする。定番のものもあれば、今年限りのものも勿論。
去年は悪友がチョコレートにはまったりしたものだから付き合いでおこぼれに預かったが、正直今年はもう勘弁して欲しいと思っている。
そもそも2月まで待てば手作りから高級洋菓子店のチョコまで幅広く食することができるだろうに、何故わざわざ1月にチョコレート三昧を繰り広げたのか。(本人いわく自分で買ったやつが美味いらしい。世の青少年他男性を敵に回す気だろうか)
去年は無駄にコンビニチョコレートの知識の幅が広がったが、今年は製菓の知識の幅が広がったかもしれない。



この時期になると生徒はナーバスになると前々から聞いていた。
そりゃそうだよな、だって入試前だ。そんな当たり前な感想を持ったのは何ヶ月前だったろう。
きっと通る道なのだろうとは思っていたけれど、通らない道かもしれないと思っていたのも事実だ。
今はその楽天的だった自分を笑い飛ばしてやりたい。
今、おもしろいくらいに、
ナーバスだった。

何かをすると、溜息がでる。
何かをしなくとも、溜息がでる。
結局は溜息がでる。
幸せが逃げるからやめよう、そう思っていても出るものはでる。ああこれが情緒不安定というものだろうか。勘弁してくれ。
家にいると中々に堪えた。今自分がこうしてる(受験勉強)間にも他の受験生は死に物狂いでさらに勉強をしているのかもしれない。そう思うと今度は手が進まなくなる。
まあ一言でいえばナーバスだった。
家を出てこんな早々に予備校へと足を運んだのも家より気分が優れると思ったからだ。

太陽がまだ頭上まで上がりきっていないせいか空気は中々温まらず、寒い。
吐息は白く染まるし、マフラーで覆いきれない部分は冷たい。
早く来過ぎただろうか、もしかしたら開き待ちかもなあ、
それは寒いな、と予備校に1番近いコンビニに入った。少しばかり時間潰しさせてください。



あと一軒寄っていこう、少ないよりは余るくらいの方がいいだろう。
予備校から1番近いコンビニはたいていいつも生徒がいる。けれどこの時間じゃなあ、と苦笑しながらまっすぐに製菓の棚に足を運んだ。
ああこれ他のコンビニでも見たな、あ、これはなかった、コンビニ製菓を熟知してしまったようで何ともいえない気分になった。
目的のものを片手で掴める最大量掴んでレジに足を向けた。
この時期になれば一軒に必ず二箱は置いてある。それを全て買い占めてしまえば二、三軒で済むのだが流石にそんな勇気は無かった。それ故わざわざ朝早くに遠回りをしてコンビニを回ったのだ。
よくよく考えてみればコンビニ袋を多数所持してる様も滑稽に思えた。


出入口に手をかけると「おはようございます」と、ふいに声をかけられた。
咄嗟に「おはようございます」と返したものの、この時は相手が誰かを確認していなかった訳である。
まさか少し裏返った挨拶を返した相手が予備校の生徒で、
まさかひそかに想う想い人とは思わなかった訳だ。
「どうかしました?」
と訪ねる動作でさえ心臓を激しく叩くというのに、不意打ちとはいえ気の抜けた姿を曝してしまったのだ、心臓はばくばく、顔はほてって発熱量がひどい。
「い、いえ、何でもありません」
そう一言返すだけで精一杯で、表面を取り繕うことすら難しい。少しの間ですら、一秒、零点一秒ですらひどく長い。
「先生、甘いものお好きなんですか」と彼に視線をコンビニ袋に定めたまま訪ねられ、やっと息を吐く。(まっすぐ見られるのが弱いだなんてなんたる……)
「甘いものが無いと生きていられない、ていう訳ではないですけど、食べますよ」
意外ですか?
ああ、やっと講師に戻れた。
「でもこれは甘いものが無いと生きていられないって量ですよね」
はは、と笑うその表情に心臓がまた跳ねたこと、顔の発熱を感じたこと、好きです、と、全身が身震いしたことをごまかすように、「入口で立ち話もなんですから、外に出ましょうか」と促した。

重症だな、と思う
重傷だな、と思う
傷は、自覚すると痛みが何倍にも増すものだと思う
恋心も、自覚すると胸の痛みが何倍にも増すものなのだと知った

「少し早いですけど」
そう言って予備校への通い慣れた道を、二人で歩きながらコンビニで買い漁ったチョコレート製菓を渡した。
ここ、ほら、
と指挿した『合格祈願』の文字。
「それからもう一つ」
同じものを渡して、精一杯の笑顔を作った。
「まだ他の人には言わないでくださいね」口止め料です、彼が笑った。
とびきりの、僕が好きな表情だった。



彼が笑うと、胸があたたかくなった
けれど、
どこかひやりと冷たい場所がある、数ヶ月もすれば、彼は僕のことなど忘れ去るのかもしれない、顔も、声も、存在も、今日のこの数分の出来事だって、忘れてしまうかもしれない
予備校の講師だなんて、ただ数ヶ月の存在だ

それを解っていて、なんで胸があたたかくなるのだろう
じくじくと、
たしかに、じく、じく、と、
静かに、ゆっくりと、
傷は深く、広がっていた
気付かないふりが、出来なくなるくらいに






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