ガタンガタンと過ぎ去っていく回送電車を見送る。ごう、と吹く風が思ったより強く、衣服を凍らせるようで少し顔をしかめた。
吐く息が白い。駅のホームは風通しがよく、大小の冷たい風が頬を撫でては体温を奪っていく。
電車を待つのは苦ではないけれど、この気温の中で棒立ちするのは苦だ。
あと何分だろう、電光掲示板を仰いで溜息を吐いた。なんという乗り合わせの悪さだろうか。
またひとつ溜息を吐いた。


「あれ、」
珍しいものを見るように友人がこちらを仰ぐ。
どうしたんだい?そう言いながらも席を勧めてくれる友人に苦笑する。
「過去問、返し忘れててさ」
鞄から赤い体裁の本を取り出して軽く持ち上げた。
「そうだ、第一希望合格おめでとう」
もしかしたらもう来ないかもしれないと思っていたから言えて良かった、
そう笑う友人に素直にありがとうと返した。
「J君は?」
「滑り止めは合格、次は本命だよ」
そっか、ご一緒してもいいかい?
筆記用具一式とノート類を広げると目を丸くされた。


講師経由で数人の合否情報が入ってきた。直接メールで合否を連絡してくれた生徒もいる。
嬉しい情報もそうでない情報もあるが、嬉しい情報に想い人の名前があった。おめでとうございます、そう一言伝えたいとは思ったが、連絡先を知らない。
予備校に顔を出すかも解らない。
もしかしたら、…もしかしなくとも、もう会う機会は無いかもしれない。
それを寂しいとは思ったが、彼にとって良い結果が出たことの方が嬉しかった。

「すみません、遅れました」
バタバタと迷惑にならない速度で駆け、講師室に入ると「許容範囲ですよ、お疲れ様」そう言ってはす向かいのヨハンソン先生が微笑んで迎えてくれた。
「すみません、ちょっと乗り合わせが悪くて、」
申し訳なく話すと「大丈夫大丈夫」と笑ってくれた。
「エーリッヒ先生は夕方からでしょう?早いくらいですよ」
講師室の入口にかけられている時計はやっと短針が2に移動したくらいだ。
「でも生徒達は早くから来て勉強してますからね、少しでも早く来ないと」
申し訳ないですよ、と微笑むとヨハンソン先生もそうですね、と微笑んだ。


出会って何ヶ月かな、とふと思った。
二、いや、三ヶ月かな…指折り数えれば笑みが零れた。その間まともに会話したのは何回あるだろう。
きっと、片手で足りるのだろうなと思えばまた笑みが零れた。
好きだと、思った。
久しい感情だった。
一方的な好きを続けて、約二ヶ月。早かった、早、かった。
いつかふと予備校の講師に僕がいた事を思い出してくれれば…いいな、
確実にじくじくと広がる傷に、いつか痂ができることを、祈った


「悩んでてさ」
今更なんだけど、と苦笑いする友人に「贅沢な悩みだよ」と笑い返した。
「まあ贅沢な悩みにするためにも勉強勉強!」



あのときコンビニで会えて良かった、と心から思う。
回送電車を見送りながら、記憶を総動員させれば、またじくじくと胸が痛んだ。
痂は、まだできていない





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